大阪地方裁判所 昭和24年(ワ)336号 判決
原告 穗積爲夫
被告 田中乙吉
一、主 文
被告が原告に対し昭和二十三年七月一日から同月末日まで一ケ月金参百四拾貳円五拾銭の、同年八月一日から同年九月末日まで一ケ月金参百拾参円七拾五銭の、同年十月一日から同月末日まで一ケ月金六百参拾貳円五拾銭の、同年十一月一日から昭和二十四年五月二十一日まで一ケ月金七百八拾四円参拾八銭の、各割合による金員を支拂うことを命ずる。
原告その余の請求は、これを棄却する。
訴訟費用はこれを十分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が原告に対し大阪市西成区鶴見橋北通六丁目三番地上鉄骨亞鉛葺平家建工場一棟建坪三十六坪三勺及び同所同番地上木造瓦葺平家建事務所一棟建坪十一坪五合を明渡し且つ昭和二十三年七月一日から同月末日まで一ケ月金三百四十二円五十銭の、同年八月一日から同年九月末日まで一ケ月金三百十三円七十五銭の、同年十月一日から同月末日まで一ケ月金六百三十二円五十銭の、同年十一月一日から右明渡ずみに至るまで一ケ月金七百八十四円三十八銭の各割合による金員を支拂うことを命ずる。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、「原告はその所有の前記明渡を求める建物二棟をそれ以外の建物一戸とともに昭和十六年三月一日被告に対し、賃料一ケ月金百三十七円毎月末支拂の定で賃貸し、右賃料はその後昭和二十二年九月一日統制額の変更により一ケ月金三百四十二円五十銭に増額し、昭和二十三年八月一日前記明渡を求める建物以外の一戸を被告に賣却したので一ケ月金三百十三円七十五銭に減額し、昭和二十三年十月十一日再び統制額の変更により一ケ月金七百八十四円三十八銭に増額せられたものであるところ、被告は昭和二十三年七月一日以降の右賃料を支拂わなかつたので、原告は昭和二十四年一月八、九日頃被告に対し、右賃料を同月中旬頃までに支拂われたいとの旨催告したがその効なく、よつて同月十九日附同月二十三日着書面で前記賃貸借契約を解除した。
仮に右書面による解除が無効であるとすれば、原告は本件訴状(昭和二十四年三月十日被告に送達)をもつて催告し昭和二十四年五月十九日附同月二十一日着書面をもつて右賃貸借契約を解除した。よつて原告は右賃貸借終了を理由として被告に対し前記建物二棟の明渡ならびにこれに対する昭和二十三年七月一日から右明渡ずみまでの前記約定賃料及び同相当の損害金の支拂を求める。」と陳述した。<立証省略>
被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として、「被告が昭和十六年三月一日原告からその主張の建物を賃料一ケ月金百三十七円の定で賃借したこと、原告主張のとおり賃料を支拂つていないこと及び原告からその主張のとおり各書面が到達したことは、いずれもこれを認めるけれども、右賃料は原被告合意の上六、七ケ月分を纏めて支拂うことになつていたのに突然前記昭和二十四年一月二十二日着書面を受けたので、即日被告か右書面によつて未拂とせられている金三千百十円三十二銭を原告方に持参して提供したが原告によりその受領を拒絶せられたので、止むなく今に及んでいるのである。」と陳述した。<立証省略>
三、理 由
原告がその主張の建物三戸を昭和十六年三月一日被告に対し賃料一ケ月金百三十七円の定で賃貸したことは当事者間に爭がなく、右賃料がその後統制額が変更せられたこと及びその建物のうち一戸を被告が買受けたことによつて原告主張のとおり増減せられたことは被告がこれを明らかに爭わないので自白したものとみなすべく、被告が右賃借建物に対する昭和二十三年七月一日以降の賃料を支拂つていないこと及び原告が被告の右賃料不拂を理由として被告に対し昭和二十四年一月十九日附同月二十三日及び同年五月十九日附同月二十一日着の各書面をもつて前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことまた被告の認めるところであり、なお原告が右解除の通知をなすに先立ち、被告のために本件建物に留守居する被告の子に対し口頭をもつて前記延滞賃料の支拂を求めたこと原告本人訊問の結果によつて認められ、被告本人の供述のうちこれに反する部分はこれを信用しない。被告は、「本件賃料の支拂は原被告合意の上六、七ケ月分纏めてこれをすることになつていたから、本件解除通知を受けた当時被告は履行遅滞に陥つていなかつた。」との旨抗弁するけれども、右合意の事実を肯認するに足りる証拠なく反て原被告各本人訊問の結果によるとかかる合意の存しないことが認められるから、右抗弁は失当である。
然しながら被告本人訊問の結果ならびに成立に爭のない甲第一号証の一によると、被告は原告から前記昭和二十四年一月十九日附同月二十三日着書面に接し、即日同書面において延滞賃料額とせられている金二千百十円三十二銭を原告方に持参して提供したところ、原告は、既に賃貸借解除の後であることを理由として、その受領を拒絶したことが認められ、原告本人の供述中右認定に反する部分はこれを措信しない。思うに法律が債務者に履行遅滞があつて相手方がその履行を催告してもなおその効がないときに、その相手方に対し契約の解除権を與えているのは、その債務者に債務履行の意思又は資力のないにも拘らず契約の存続を強いることが債権者にとつて酷に失することになるからであつて、契約の存続を欲しない当事者が偶々相手方に債務不履行があるのを奇貨としてその契約の解除を強行する権利を與えたものではない。今これを本件について考えてみると、さきに認定したとおり、
被告は解除通知を受けた当日原告に対しその通知において遅滞額とせられている全額の金員を提供したのに原告は解除後であることを理由としてその受領を拒んだのであつて、原告が眞にその権利の行使に信義をもつてするものであつたならば、当然その金員を受領してさきの解除の意思表示を撤回すべきであつたのに、かかる措置に出なかつたのであつて、原告は被告の債務不履行を奇貨として從來意図していた賃貸借終了の効果を強行しようとしたもの、換言すれば本件建物の明渡請求権を行使するについて当然遵守すべき信義をもつてせずその権利を濫用するものに外ならず、なお原告が予備的に主張する昭和二十四年五月十九日附同月二十一日着書面による解除の意思表示は、これに先立つ催告が本件訴状によるものであり且つ前記受領拒絶のあとであつてその後の事情に何等の変化も認めえないから、この通知は結局原告が前記の意図の下に殊更その形式を整えたものに外ならず、よつて右いずれの通知を理由としても原告の本訴建物明渡及びこれを前提とする損害金支拂の各請求部分はともに失当である。
次に被告が右建物に対する昭和二十三年七月一日以降の賃料を支拂つていないことは被告の認めるところであり、その額が原告主張のとおりであることは冒頭説明のとおりであるから、原告のこの請求部分即ち原告の予備的主張による賃貸借解除の通知が被告に到達した昭和二十四年五月二十一日までの賃料請求部分は全部正当である。
以上原告の本訴請求のうち家賃金請求部分は全部正当であるからこれを認容しその余は失当であるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二條、仮執行の宣言について同法第百九十六條を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 竹内貞次)